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68年前の8月6日の出来事
私は広島県呉市で生まれました。

父も呉市で生まれ育ち、母は呉市の近くの江田島で生まれ育ちました。

せっかくブログをやっているので、今日は68年前の8月6日の出来事を・・・

私に関係ある人たちの話を書き留めておきたいと思います。

良かったら、どうぞお付き合い下さいね!




まず、父の話です。

父は1945年当時、18歳でした。

最近になって父から聞いた話なのですが、

8月6日の朝、父はどうしても広島に行かなければならない用事があったそうです。

それで、朝早くから呉駅で切符を買おうと並んでいたそうです。

当時は、切符を買うにも枚数制限があったそうです。

そして、ちょうど父の前に並んでいた人で、切符が売り切れてしまったのだそうです。

父は、とても悔しい思いをしたそうですが、

もし、その切符が父の前で売りきれなかったら、

父が広島へ行っていたら、

今の私は、確実に生まれていなかったそうです。



そして、もう一人は・・・母の兄(私のおじさん)の話です。


まず、とっても古い写真を載せますね。

母のアルバムに貼ってあった写真をカメラで撮って、それをプリントして

さらに今回カメラで撮った写真なので、すごくボケボケ写真ですが・・・



康温おじちゃん


着物を着た女の人が、私の母のおかあさんです。

そして抱かれているのが母です。

その隣にいる男の子が、母の兄であり私のおじさんです。

そして、その隣が母のお父さんです。


この写真は、母がまだ1、2歳の頃でしょうか。

母が一番幸せだった頃だと思います。

母が3歳頃に、右端に写っている父親が病気で亡くなり

母親は、祖父祖母によって家から出されてしまったそうです。

まだ幼い母と兄を残して・・・

祖母も病気がちで、母が小学生の頃に亡くなり

そしてたった一人の兄弟であるお兄ちゃんも、

母が小学校5年生の時に広島に落とされた原子爆弾によって、命を奪われました。

おじさんの名前は、康温(やすはる)と、いいます。

まだ、中学1年生でした。

被爆したのは、広島の中学の教室の中だったそうです。

原爆が落ちた時、すぐに机の下に潜ったのか、外傷は殆どなかったそうです。

しかし、放射線はしっかりと体の中まで浴びていました。

その後、何日かで亡くなったそうです。

母は、まだ幼い頃に父親も母親もお兄さんも失ったのです。

母は、あまりその頃の話はしたがりません。

あまりに辛かったことは、話したくないのでしょう。


私は、母方のおじいちゃんにも、おばあちゃんにも、おじちゃんにも会うことなく

この世に生まれてきましたが、

私がこの世に生まれてくる前に、こんな出来事があったことを忘れてはいけない、

康温おじちゃんのことを覚えている人は、もう殆どこの世にいないと思うけど、

私は会ったことのない康温おじちゃんのことを覚えていようと思います。

もし、原爆が落とされず、康温おじちゃんが生きていたら

きっと私のことを可愛がってくれた・・・と思います。

なんだか、パソコンの画面が見えなくなってきたので、

今日は、この辺で終わりにします。


皆さん、最後までお付き合い下さってありがとうございました!


ウィキペディア「広島市への原子爆弾投下」



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No title
お母様、大変な幼少期を過ごされたのですね、
うちの母も、小学校3年生で実母が他界。
継母に育てられましたが…

家族全員が亡くなるなんて…想像を絶する悲しみ
辛さでしょうね、、
ぐうたらかあさんの様な娘を持ち。
暖かい家庭が持てて。良かったですね、

広島の原爆ドームに行った事もありますが…
沢山の命を奪ってしまった戦争。
二度と繰り返してはいけない事ですよね。

私も祖母や祖父から戦争の話は沢山聞きました。
忘れてはいけない。悲しい過去です。

康温様。
広島原爆で亡くなられた沢山の方々
ご冥福をお祈り申し上げます。
No title
多くの命が一瞬に・・お父様紙一重の体験をされたのですね。
きっと御先祖様が守ってくださったのですね
その命の繋がりが今もなお・・感謝ですね
No title
今日の8時15分に黙祷しました。
貴重なお話とお写真を、ありがとうございます。
忘れてはいけません、遠い過去の事と思いたくありません。
繰り返してはいけません。
これから先も伝えていかなくてはなりません。
この痛みは世界の人々に伝えていかなくてはいけませんね。
No title
こんばんは。
おかあさま、つらい体験をされてご苦労されたのですね。
つらすぎる体験は話したくないみたいですね。
亡くなった父はビルマの最前線に送り込まれ奇跡的に生きて帰ってきましたが私たち兄弟には話さないまま亡くなりました。
手記が残っているので本にしようかと思っています。

さきほどNHKスペシャルを見たのですが原爆の怖さを改めて知りました。
放射線は染色体に傷をつけ時限爆弾となり一生涯被爆者を苦しめるのですね。
原発を廃止しないこの国の未来が不安です。
No title
忘れてはいけない出来事ですよね。
お母様のように辛い思いをされた方、無念にも命を奪われてしまった方、そういった方の気持ちも。

私たちには想像を越える辛い体験だったことと思います。
でも私たちは、一生懸命想像して、このような辛い思いをする人がいないようにしてはいけないと思います。

康温様、そして亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りすると共に、この先、平和である事をお祈りいたします。

ぐうたらかあさんさん、大変貴重なお話、ありがとうございました。
感謝です。
No title
原爆に被災した人のことを忘れてはならないし、二度とこういう悲劇を繰り返してはいけないはずですが、安倍内閣はそれに逆こうしようとしてます。
広島出身の綾瀬はるかさんが祖母から聞いた当時のことをテレビで語り継いでいこうといってましたが、地元の方だけではなんともしがたい。
日本人として忘れていけない出来事なのに・・・
お母さん辛い時代を生き抜き、今はさぞかし安穏な生活を送ってるんでしょうね~
里帰りした記事とかでそこはかとなく感じてました。
ぐうたらかあさん こんばんは~
そうだったんですね~
お母様辛い思いをされてきたんですね~

わたしの父は飛行場作るために広島市内に来てました。が
5日に市内を出て三次に帰ってる途中吉田あたりで
キノコ雲みたそうです。

6日までいたら亡くなってたでしょうね~
鍵コメさん、コメントありがとうございます!
鍵コメさんのコメント、とってもとっても嬉しく拝見しました。

鍵コメさんが、そのような大事なお仕事に携わっていらっしゃったとは・・・。
本当に大切なお仕事ですね。
どうか、少しでも多くの戦争証言を次の世代に残して下さいね。

ブログの記事のお話も読ませて頂きました。
毎年、この季節が来るたびに思い出し、ずっと忘れないでいること、
それが再び同じ間違いを起こさないために絶対必要なことだと思います。
読んでくださって、本当にありがとうございました!m(__)m
Mっちょさん、コメントありがとうございます!
Mっちょさんのお母様も、小さい時に辛い別れを経験されたのですね。
まだまだお母さんに甘えたい年頃で、お辛かったでしょうね。
私には、この歳になっても両親がいてくれる・・・それだけでも幸せなことなんだなぁ・・・って、
改めて思いました。

Mっちょさん、原爆ドームにも行かれたんですね。
私が行ったのはもう随分前のことになります。
とても衝撃的だったでしょう?
おばあ様やおじい様から、戦争のお話を聞かれたんですね。
戦争体験者がどんどん少なくなって来ましたから、誰かが語り続けて行かなくては・・・
と思います。

康温おじさんに、暖かいお言葉、ありがとうございました!
おじちゃんも喜んでいると思います!(*´∀`*)
amesyoさん、コメントありがとうございます!
父の話には、本当にビックリしました。
紙一重とは、こういう事なんですね。
父は、空襲を受けて川に飛び込んだ話など、ここ最近になって話してくれるようになりました。

命の繋がり・・・本当にそうですね。
せっかく貰った命、大切にしていきたいと思います。
だっちゅ さん、コメントありがとうございます!
だっちゅさんも黙祷されたんですね。
私も毎年黙祷しております。
小さい頃からの習慣になっているようです。

何の罪もない人々が、どうして死んでいかなければならなかったのか、
日本全国、いえ世界の人々が考える日になることを願います。(^人^)
うに子さん、コメントありがとうございます!
うに子さんのお父様はビルマの最前線に行かれたんですか?
手記が残っているなんて、素晴らしいですね。
本になったら、きっと喜ばれることと思います。

世界で唯一原爆を落とされた国なのに、放射線に対しての危機意識が足りないと思います。
もっともっと、原爆に関しての番組はやって欲しいですね。
aalaさん、コメントありがとうございます!
そうですね。
戦争を体験していない私たちは、一生懸命想像することしか出来ません。
体験した人じゃなければ、本当の怖さ、辛さ、悲しみは分からないかもしれませんが、
想像してみることは大切なことですね。

aalaさん、康温おじちゃんの冥福をお祈りして下さって、ありがとうございます。m(__)m
おじちゃんも喜んでいると思いますよ~(*´∀`*)
dejavuewordsさん、コメントありがとうございます!
dejavuewordsさん、お久しぶりです。

広島県に生まれ、叔父を原爆で亡くしているので・・・
やはり、原爆は人ごとではないと感じております。
戦争を語ってくれる人たちが、どんどん少なくなっていくことに
危機感も感じております。
本当に、忘れてはいけない出来事ばかりですね。

dejavuewordsさん、いつも読んでくださって、ありがとうございます。(*´∀`*)

紅葉さん、コメントありがとうございます!
紅葉さんのお父様も、紙一重の経験をされているんですね。
お互い、紙一重の子ども・・・ですね!

故郷のヒロシマと、切っても切り離せない原爆のこと
もっともっと多くの人たち、子供たちに
知ってもらいたいですね!
No title
たった一つの爆弾が、たくさんの人間の命運を分けた・・・

近隣諸国の好戦的な態度から、最近の日本は右傾化が進んでいますが、
戦争だけは避けて欲しいものですね

凄惨な悲劇の語り部がどんどんいなくなっている今、
こう言った話を後世に語り継いでいかなくてはなりませんね
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No title
お母様、辛い体験をされてきたのですね。
平和な世の中に生まれてきた私には
想像もできないほどの辛さだったのでしょうね。
原爆も戦争も絶対二度とおきてほしくないです。
今世の中で起きている戦争も紛争も
全てがなくなって欲しい。
平和ってむずかしいことなのでしょうかね。

ぐうたらかあさん、お父様の不思議な奇跡で
この世に命を頂いたのですね。

感慨深く読ませて頂きました。
ぐうたらかあさん、大切なお話をありがとうございます。
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toranyansan、コメントありがとうございます!
日本は一体何処へ行こうとしているのでしょうね。
戦争を知らない(経験していない)世代の人たちが殆どをしめ、
再び、同じ間違いを起こすのではないかと心配です。

おじさんのように、何の罪もない子どもたちの命まで犠牲にならないような
世の中にしていかなくてはいけませんね。
鍵コメ(T)さん、コメントありがとうございます!
Tさん、ありがとうございます。

勉強が好きで、もしかしたら将来医者を目指していたかもしれない叔父。
その夢をこんな形で諦めなくてはならなかったおじさんの小さな胸の内を思うと、
悲しくなってきます。
たった一人の妹(母)のことも、とても心配だったことでしょう。

今回、初めてブログでおじさんのことを書くことができ、
もしかしたら、おじさんもどこかで喜んでくれているのではないか・・・
そんな気がしています。

Tさんの心の中に、ほんの少しでも康温おじさんのことが記憶に残って下されば
とってもとっても嬉しいです!
はっぴぃママさん、コメントありがとうございます!
はっぴぃママさん、読んで下さってありがとうございました。

志半ばでこの世を去らなければならなかったおじさんの思いを
少しでも知って頂けたら・・・と、ブログに書く事にしましたが、
ちょっと重い記事になってしまいました。

でも、康温おじさんがどこかでこの記事を読んで、
「○○ちゃん、ありがとう!」って喜んでくれているような、そんな気がしています。

おじさんのように何の罪もない子供たちが犠牲にならないよう、
戦争がこの世からなくなりますよう、祈っています。
鍵コメ(H)さん、コメントありがとうございます!
Hさん、お忙しい中コメントを下さって、本当にありがとうございました。

今は平和な日本になったので、誰も戦争が起きるなんて考えもしないと思いますが、
ほんの68年前に起こったことなんですよね。
そして、うかうかしていると同じ過ちを繰り返す危険もあるのです。
「戦争という怖さをずっと伝えていかなければならない」
本当にそうですね。

先程、ブログにお邪魔してコメントを書かせて頂きました。
きっと心身共に、疲れがものすごく溜まっていると思います。
どうぞ、ゆっくり休んで下さいね。
No title
こんにちわ。
以前、美輪明宏さんが、
「戦争とは、身近な大切な人を、ある日突然奪われてしまうこと」
と言っていたのを聞いて
本当にぞっとしたのを思い出しました。

辛い体験、冷や汗の奇跡の体験…
二度とないよう様々な思いを胸に、黙祷します。
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ヒラッシュさん、コメントありがとうございます!
「戦争とは、身近な大切な人を、ある日突然奪われてしまうこと」

本当にぞっとしますね。
戦争を体験された多くの方が、同じように大切な人を突然奪われたのですね。

無念の気持ちを持ちながら亡くなっていった方や、大切な人を亡くされて
悲しみに打ちひしがれた方のためにも、
二度と同じことを繰り返さないようにすることが
私たちの使命のような気がします。
No title
ぐうたらかあさん、
大切な思い出を話していただいてありがとうございました。
まだ小さかった叔父様のことを思うと、
やりきれない気持ちになります。
広島で亡くなったおひとりおひとりに、
きっとこういう話があったのでしょう。
あのつらい経験をされた方は、年々少なくなっています。
だけど決して、忘れてはいけないこと。
ぐうたらかあさん、これからも語り続けてくださいね。
原爆でなくなったすべての方の命の尊さを、
改めて感じました。
おばんさん、コメントありがとうございます!
おばんさん、読んで下さってありがとうございます。

子供の頃は、母の生い立ちや叔父さんの話もあまりピンとこなかったのですが、
この歳になってくると母の気持ちや叔父さんの気持ちが、少しは分かるようになってきました。

小学生の時には、写生大会で原爆ドームの絵を描きました。
当時はよくわからないまま描いていましたが、今見るとどんな気持ちになるのでしょう?
いつか、母と一緒に行ってみたいと思います。
No title
私達の親世代は想像のつかないような体験をしたのですネ。
私も父や祖父から子供の頃戦争の話を聞いて育ちました。
しかし今の若い世代は何処と戦争したのか、何処の国が原爆を落としたのか
正確に答えられない人がかなりの割合で多いとか・・・・・
それと今年の国際会議で核兵器を使用しない旨の決議案に日本が署名をしなかったことが、国際的に失望を買ったことがありました。
いつまで原爆を落とした国に媚びているのか!
正直、この国の行く末が不安です・・・・・
モンタビさん、コメントありがとうございます!
モンタビさん、初めまして!
コメント頂けて、とっても嬉しいです。(*´∀`*)

世界で唯一原爆を落とされた国・・・日本。
世界に平和を訴えて行く立場の日本が、こんなことでいいわけないですね。
もっともっと原爆や戦争の悲惨さを伝えていかなくては・・・と思います。

No title
ご無沙汰しております。
お母様とそのお母様、戦争が故、女性が故に大変な思いをされたのですね…
今からたった68年前の日本がそんな世界だったなんて、何だか不思議です。
高校の頃に広島の平和学習が盛んな学校とクラブに所属していたので、私にとってもこの日は特別な日です。
毎年、名前も知らない当時の方々や、辛い人生を歩まれた語りべさんを想って黙祷を捧げておりますが、来年からは康温おじ様の事も想って、黙祷を捧げたいと思います。
ぐうたらかあさんさん、貴重なお話をありがとうございます。
こういった過去は、決して忘れてはいけない事だと思います。
蘭丸さん、コメントありがとうございます!
蘭丸さん、こちらこそご無沙汰しておりました。

そっかぁ~、蘭丸さん高校生の頃は広島でしたよね。
多感な時期に、原爆のことをいろいろ学習されたんですね。
嬉しいお言葉、本当にありがとうございます。
康温おじさんも、きっと喜んでいると思いますよ~。(*´∀`*)
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プロフィール

ぐうたらかあさん

Author:ぐうたらかあさん
愛知県在住の粘土作家。
数年ぶりに粘土制作を再開しました。

趣味は奏生(かない・ギターのようなもの)の弾き語りと太極拳。
猫3匹、カメ2匹と共に暮らすぐうたらな主婦です。


おうちの猫ちゃん、ワンちゃん、トリさんお作りします!
ご興味のある方は、お気軽にお問い合わせくださいね!

♪♪~リンクはフリーですよ~♪♪

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